caoco’s blog ☆保育士のブログ☆

保育士として働いていての体験談や感じていることをメインに書いています。

ディズニーランドのおみやげ

保育園で働いていた時の心あたたまるエピソードです!①

 

かおこ先生!ディズニーランドに行ってきたの!

かおこ先生におみやげ!

 

年長組の担任をしていた時に、クラスのまなちゃんからディズニーランドのおみやげをいただきました。

 

一緒にいたまなちゃんのお母さんの話だと、ディズニーランドで楽しんでいる時にまなちゃんが「かおこ先生に何かプレゼントしたい!」と言い出したそうです。

「もうすぐ卒園で、大好きなかおこ先生とお別れだからプレゼントしたくなったんだよね~!」って親子で微笑み合いながら、ディズニーランドでのことを話してくれました。

ディズニーランドで私へのプレゼントは何がいいか、何を贈ろうかふたりで考えながら探したそうです。

 

まなちゃんが選んだのは、ミニーちゃんのボールペン。

チャーム付きのとても可愛いボールペン。

 

今のご時世、担任と園児という関係で物を貰ってはいけないかもしれませんね。

(保育園の方針がおおらかだったのかな?ゆるかったかな?)

 

まなちゃんからおみやげをいただいた時の気持ち、今でも鮮明に覚えています。

 

嬉しい!!!!!

 

何が嬉しかったって、夢と魔法の国ディズニーランドで、子どもも大人だってウキウキ・ワクワクしちゃうディズニーランドで、私を思い出してくれたことがとても嬉しかったのです。

 

子ども達が保育園以外の場所でふと思い出す私は、どんな姿なのでしょう。

 

私が関わった全ての子ども達には

全てを受け止めてくれる人がいた。

味方になってくれる人がいた。

心にあたたかさを感じる思い出がある。

そんな大人が側にいてくれた。

って、いつの日か思い出してほしいと、常々思っています。

私の姿かたち、顔を忘れても、感覚だけでも思い出してくれたらいいな。

 

おみやげをいただいた数カ月後、私が担任をしていた子ども達は卒園し、私は新しいクラスでの生活がスタートしました。

新しい生活になってからも、ボールペンを大切に使いました。

インクがなくなるまで使い切りました。

 

書くたびにキラキラと揺れるチャーム付きボールペン。

ボールペンの存在がどれだけ私を支えてくれたでしょう。

元気と励ましをたくさん貰いました!

 

まなちゃんは「プレゼントしたい」という思いで、思いを形にしてくれました。

その「思い」がとても嬉しいのです。

 

小学生、中学生、高校生、そして大人になる過程のどのかで、一瞬でも保育園や保育士を思い出し、あたたかい思いが込上げてくれたら、これほど嬉しいことはありません!

 

保育士冥利に尽きる!!

そして、これからもこの思いを大切に持ち続けながら、保育士をしていこうと心に誓ったのでした。

 

私が出会うことのない子ども達も、大人とのあたたかい交流がたくさんありますように。

 

最後に。

保育士も子ども達から『あたたかい目には見えない何か』を貰っています。

子ども達からいろいろなことを学んで保育士として育てられていることを忘れずに、保育士として努めたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管理職ってさ。

保育園の園長先生も主任さんも孤独じゃないかしら?

 

このブログで園長先生や主任さんのエピソードをいくつか書いてきましたが、そんな園長先生や主任さんも辛い立場だったりします。

 

何かのご縁で保育園(組織)のトップになり、組織をまとめなくてはいけない存在になります。

でも、ベテラン園長ベテラン主任になるまでは、茨の道を歩むことになるのではないでしょうか。

 

何をするにも、はじめは初心者。

どんなに経験を積んだ保育士さんでも、管理職(園長・主任)になった最初の年は管理職1年生。

立場が変われば今まで見えていた景色がガラリと変わります。

昨日まで文句を言っていたことが、管理職になったら『そうは言ってもね…』ってなることも多いものです。

 

園児のこと、保育環境のこと、保育園の運営のこと、保護者対応、職員間の人間関係、職員の雇用形態の調整など、考えることはいっぱいです。

時には、自分に対して、職員の不平不満や悪口が聞こえてくるかもしれません。退職者がいっぱいなんてこともあるかもしれません。

 

職員は同僚と職場の悪口や愚痴を言ってストレス発散できますが、園長・主任は愚痴を言うだけでは何も解決しないし改善しない。組織を動かしていく責任が伴うのです。

 

何か問題が起きた時、言い訳ができない。

誰かのせいにはできない。逃げられない。

責任重大。

 

悩ましい苦しい状況が起きても、同じ立場の人が身近にいないから愚痴を言っても聞いてくれる人もいなければ、愚痴を言っても気持ちを分かってくれる人もいない、アドバイスをしてくれる人も『そうそう。分かる分かる。』って気持ちを分かち合える人もいないのです。

 

園長先生も主任さんも、ひとりの人間です。

完璧な人間などいません。

 

あなたが勤務している園長先生や主任さんも悩み苦しんでいるかもしれません。

その姿を見せていないだけかもしれませんね。

 

弱さを隠すために威張っているのかもしれません。

弱さを隠すために支配しようとしているのかもしれません。

不安だから就業規則を厳しくしているのかもしれません。

不安だから味方をつくったり、派閥をつくったりしているのかもしれません。

自信がないから意見が合わない保育士さんや、自分より優れていそうな保育士さんを潰そうとしているのかもしれません。

未熟だから自分の意見や考えを押し付けたりするのかもしれません。

未熟だからいろいろな角度から物事が見られず、思い込みで決めつけてしまうのかもしれません。

決断できない、指導できない、いい人でいたいから自分の意見が言えないということも、不安や自信のなさからくるのではないでしょうか。

 

また『権力は人を変える』『権力は人を堕落させる』というフレーズを聞いたことがあります。

園長・主任という役職が与えられて組織のトップになった嬉しさから、権力を支配と勘違いして権力を振りかざし、職員のみなさんの考えを否定したり押さえつけたり圧力をかけたりする人もいるのではないでしょうか。

 

私は園長や主任になっても学びは必要と思っています。

管理職としての学び。リーダーとしての学び。

 

管理職になったらゴール、っていうことではないと思うのです。研修に行ったり、同じ立場の先輩達の話を聞いたりして、おおいに学んだほうがいいのです。

 

発達心理学では、『人は生涯を通して成長を続けられる。』と言われています。

私はこれを『人はいくつになっても学び、成長できる。』と解釈しています。

 

『人はいくつになっても学び、成長できる。』この言葉と出会ってから、私自身も救われ気持ちが楽になり、「学びたい」という意欲が持てるようになりました。

 

以前、勤めていた保育園の園長先生のエピソードをひとつ。

開園して1年目、7名の保育士さんが退職されたそうです。

園長先生は職員がたくさん辞めてしまったペナルティとして、理事長から研修に行くよう命じられ、1年かけて様々な研修に行き、その後も、自ら進んで学びの場へ足を運ぶことを続けているそうです。

 

その数年後、私はその園長先生と出会いましたが、とても素敵な園長先生です。

70歳を過ぎていますが、今でも園長として働き、定年でいつ辞めるか職員のみなさんはソワソワしているとか。「辞めないでほしい。園長先生が辞めるなら、私も辞めたい。」と言っている保育士さんもいるそうです。

 

園長先生のペナルティはペナルティではなかった。

組織のトップとしての学びの環境を作ってもらい、自分の成長の糧にした。

 

どのような思いをして、ペナルティをどのように受け止め、どのような研修を受けて、どのように学んでいったのか。私には分かりません。

でも、園長先生の姿に学べるところはたくさんあります。

 

 

保育園の運営と先生達が安定して育ったから、これでいつでも辞められるわ。

あっはっは~(笑)

 

 

園長先生が以前言っていた言葉です!

 

裏を返せば、開園当初は『保育園園長としての責任があるから、今、投げ出して辞めることはしない。』という思いだったのでしょうね。そして、責任を持ってやってきたのでしょう。

 

 

思いだけでは職員はついてこない。まとまらない。

『組織とは。人とは。』の知識やスキルを学ぶことによって、職員に愛情が持てるようになると思うし、自分も職員も守ることができるようになると思うのです。

(※ここでの「自分を守る」は、自分の未熟さや不安・自信のなさ・権力の勘違いなどから解放されるという意味です。)

 

園長先生・主任さんには

・同じ立場の人達との交流(発散・リフレッシュ)

・研修や同じ立場の先輩達との交流(成長・スキルアップ)

これらのことが、できる環境があってほしいと願います。

 

追伸:私も未熟です。自信がなくなる時も不安になる時もあります。完璧な人間にはなれないけど、成長はできる!の気持ちで、学びを止めず精進していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園長先生の武勇伝

『私は昔、0歳児6人の食事の介助をひとりでしたわ。』

 以前勤めていた保育園の園長先生が武勇伝のように語っていたことです。

 

0歳児6人の食事の介助を保育士ひとりで行う。

 このことについて、このブログを読んでいるあなたはどう思いますか?

 

私は、赤ちゃん6人の食事をどのように介助したのだろう…と想像しただけで、ゾッとしました。

 

子どもの食事(特に0歳~2歳くらいの乳児)は根気と知識と技術が必要です。

『根気と知識と技術』

あえて大袈裟に思える表現をしました。

どうしてこのような大袈裟な表現をしたか、説明したいと思います。

 

子どもの月齢が目安になりますが、離乳食の初期食から完了食になるまでのペースは様々です。幼児食やその後の食生活にも大きく関わる『食事』の基礎になるのが離乳食です。

 

・『ごっくん・もぐもぐ・かみかみ・ぱくぱく』今、どの段階なのか。

⇒食事の分量や固さ、調理の形態など離乳食を進める目安になります。

 

・食欲旺盛か。食が細いか。

⇒食欲旺盛な子は、どんどん口に食べ物を入れて欲しがり、一口量が多くなりがちになったり咀嚼をあまりしないで飲み込んだり、食べるペースが速くなることがあります。食が細い子は食べられる量が少なかったり食べるペースがゆっくりになることがあります。ひとりひとりにあった食事量、食べるペースに配慮した介助が必要です。

 

・食べようとする意欲はあるか。好き嫌いはでてきたか。

⇒『イヤイヤ、食べたくない。』子どもは食べることを拒否する時もあります。

そんな時、どう気持ちに寄り添い『食べたい』という気持ちを引き出すかを考えなくてはいけません。『ちゃんと食べなさい!』ではない方法です。『食べる』意欲を育てるための介助です。

 

・ちゃんと座っていられるか。

⇒食事中、立ち歩いたり落ち着きなく体を揺らしたり遊び食べになるなどのことがあれば、言葉掛けをしたり体を支えたり、時には椅子やテーブルの見直しも必要です。

 

・手づかみ食べをするか。

⇒食べ物に興味を持ち始め手づかみで食べようとすることは成長の証です。手づかみ食べを見守りながらの介助が必要ですが、ぐちゃぐちゃする感触を楽しんで感触遊びになっていないかの見守りの大事です。感触遊びになっていたら、手を添えて食べ物を口に運ぶようにして『食べる』という行動を教える介助をしていきます。

 

・食具(スプーンやフォーク)に興味を持ちはじめたか。

⇒食具に興味を持ちはじめたら、食具を使って食べる経験の積み重ねがはじまります。

この積み重ねで食具を上手に使えるようになります。食具に興味を持たない子には、時期がきたら興味を持てるような働きかけが必要になってきます。食具の正しい持ち方などを伝えながらの食事介助です。

 

などなど・・。

 

乳児の食事介助は配慮したり気を付けなくてはいけないことがいっぱいあります。

それぞれの子どもの成長や個性を見ながら、その子に合った介助をしていくことが子どもの食事の自立へとつながるのです。

 

離乳食を丁寧に大切に進めるということは、幼児食を食べられるようになる頃には上手に食具を使い、しっかりと咀嚼をして、好き嫌いはあまりなく、食事のマナーも身についてきて、食生活が安定し、更にその後の未来の食生活にも良い影響があるということなのです。

 

『根気と知識と技術』分かって頂けたでしょうか。

専門職である保育士さん達には、食事は子どもにただ食べ物を食べさせること。とは思ってほしくないのです。

 

それでは、武勇伝のように語った園長先生の話に戻ります。

 

とても大事な乳児期の食事の介助、果たしてこの園長先生はできていたでしょうか。

0歳児クラス6人の食事介助を保育士ひとりで行う。。

できていたのなら、そのやり方を私に教えてほしい。

子ども6人を動かないように、なにかしらの方法(叱る?固定する?)で座らせて、好き嫌いを言わせず保育士主導で子どもの口にどんどん食べ物を入れていく。。。

そんなやり方だったら6人の介助ができたかもしれませんね。

 

でも、そのやり方は食事の介助とは言わない。

できていない。

私はそんな食事の介助、やりたくない!!!

 

人手が足りず、ひとりで介助をせざるを得ない状態だったのでしょう。

若い保育士さん達に叱咤激励するために、自分の苦労話として語りたかったのでしょう。でも・・過去の苦い経験を今の子ども達にも保育士にも極力させてはいけない。よい保育環境を作るのが園長の役割と思ってほしかった。

 

園長先生には、このようなあってはいけない出来事を武勇伝のように語ってほしくなかったです。

 

子どもも介助をする保育士も、食事の時間=辛い・苦しい・嫌い

になってはいけないのです。

 

生きることは食べること。

食べることは生きること。

 

おいしいね。楽しいね。って言いながらゆったりとした環境で食事はしてほしいものです。

 

食べる=楽しい

そう思える子ども達と保育士さんがたくさんいますように。心から願います。

 

追伸:好き嫌いは多少ならあっていいと思います。食事はおおらかに楽しくがいいいですね。

 

 

 

 

 

 

楽はさせないよ。

『楽はさせないよ』

以前、勤めていた保育園の園長先生が言った言葉です。

 

0才児9名のクラスで、3人担任。

9名中2名は、産休明けの保育で生後3ヶ月と4ヶ月の赤ちゃんでした。

 

国が定めている保育士の配置基準は0才児3名に対して保育士1名なので、担任の先生3人で0才児9名を頑張って保育していました。

 

一番バタバタしてしまうのは、お昼の時間です。

戸外で遊んで過ごした場合、保育室に戻り手を洗い服が汚れていたら着替え、食事の準備をして食事の介助をし、ミルクを飲む子どもにはミルクを作り、抱っこをしてミルクを飲ませ、布団を敷いて午睡(昼寝)の準備をして、食事で汚れたエプロンをとり、着替えをして眠りに誘い、子ども達が眠ったら散らかり放題の部屋の食後のあと片付けをして、その後に自分達の昼食時間。

※食後、食器は調理室に運びます。保育園によっては保育士が調理室に食器を返却しに行くのですが、食事の介助などで持っていくのが遅れると「遅い」と注意を受けることがあります。栄養士さんや調理師さんが食器を取りに来てくれる保育園もあります。

 

子ども達とどんなに丁寧に関わりたくても、どんなに質のよい食育を目指しても、人手がなければ慌ただしく余裕のない状態になる時間帯です。

 

保育園の乳児組で働いたことのある方であれば、誰でも分かる現実ではないでしょうか。

 

私は主任をしながらフリーとして各クラスの補助に入っていたので、保育士の配置基準の3人担任ではあるけれど、あまりにも大変な状況を見かねて、0歳児クラスの食事準備から午睡までの時間はお手伝いに入っていました。

 

しかし。

ある日・・・。

園長先生が私にこう言ってきたのです。

 

『あのクラス(0歳児クラス)の手伝いには入らないで。』

 

耳を疑いながら『どうしてですか?』と訊ねると園長先生は

『あのクラス(0歳児担任3人)には、楽はさせないよ。』と言ったのです。

 

園長先生として何か思いがあったのでしょう。

でも私には理解し難く、血の気が引き、悲しい気持ちになりました。

 

『楽をさせない』って違うでしょー!!!怒

このクラスの状況はどう考えたって、子ども一人ひとりを大切にしたゆとりある保育はできない状況でしょー!!!怒

 

そんな気持ちをグッと堪えて、手伝いをするのをやめてクラスの様子を見守りました。

手伝えるのに、何もしてあげられない・・。

 

保育士さん3人は頑張っていました。

でも・・。

表情がどんどん暗くなり、午前中の活動時間中もぼんやりとしていることが多くなりました。

 

保育士さん達を心配しながらも、どうしてあげたらいいのか悩みはじめた時

『給食の時間だけでいいのでクラスのお手伝いに入っていただけないでしょうか・・・』

担任の先生達が私に涙目でお願いしにきたのです。

 

私は決めました。

手伝います!

 

私は私の判断で0歳児クラスのお手伝いに入りました。

園長先生の考えに逆らうことはよくないことです。

でも、私は何もせずに保育士さん達が苦しんでいる姿を見ていられなかったのです。

園長先生に何と言われようと嫌がらせをされても、私はお手伝いに入り続けました。

 

その後、園長先生と私の関係が悪くなったことは言うまでもありません。

 

 

保育士さん達が苦しむ姿は見たくない。

保育士さん達の涙は見たくない。

子ども達が十分な保育を受けられない姿は見たくない。

 

園長先生は保育士さん達を育てたいの?

潰したいの?どっち?

 

職員のお休みが重なるなどなにかしらの理由で、人手が足りなくなりギリギリの保育士数で保育をしなくてはいけない時は、保育や職員の導線などを工夫して頑張って乗り切らなくてはならない場合はあります。そういう状況の日はとても多いです。

 

園長先生は若い保育士さん達に『甘い考えは持たずに頑張ってほしい』という考えがあったのでしょう。でも、圧力や意地悪に感じてしまうやり方、自分の感情や考えを剥き出しにして押し付けるようなやり方は、潰そうとしてるようにしか思えないのです。

 

園長先生になる人にはもっと学んでほしい。

今現在の保育を。

組織のトップとしての振る舞い方を。

組織のマネジメントを。

人材の育て方を。

労働基準法を。

自身の成長についてを。

 

もちろん。尊敬する素敵な園長先生にも出会っています。

今後、もし保育園に復職することがあったら、人としても保育士としても尊敬する素敵な園長先生のもとで働きたいな。

 

追伸:

『楽はさせない』と言った園長先生。

『私は昔、0歳児6人の食事の介助をひとりでしたわ。』と武勇伝のように語っていました。歯を食いしばって頑張って保育士をしていた時期があるのでしょう。

ひと昔前の保育は個々よりも集団に重きが置かれていたのかもしれませんね。

『楽はさせないよ。』の考えは、ここからきているのかもしれません。

 

子どもに寄り添った丁寧な保育を『楽』と思わないでほしいです。

保育士の配置基準より多く保育士がいること=楽、ではないのです。

保育士の人数が十分に満たされることで、より丁寧で質の良い保育ができるのだと私は思っています。

 

ちなみに

保育士ひとりで0歳児6人の食事の介助を行う。

私は違和感しか感じません。。。

 

 

経営者になったら、どんな保育園をつくりたい?

『保育園の経営者になれるとしたら、どんな保育園にしたいですか?現実には絶対にあり得ないような、夢のような理想でいいです。どんな保育園をつくりたいですか?』

と同僚から質問されたことがあります。

 

私は即答しました。

 

働く職員が幸せであること。

一番最初に考えたいのは働く職員のこと。

職員が満足して働ける保育園にしたい。

 

私の理想の経営方針はこれです。

 

子どもにとって保育士は環境のひとつと考えます。

 

子どもにとって保育士は

直接、関わり触れることのできる環境。

子どもが自分で選ぶことのできない環境。

子どもの心に大きな影響を与える環境。

 

子どもの環境である保育士さんには幸せ(心が豊か)でいてほしいのです。

 

自分が満たされていて幸せでいれば、まわりの人を幸せにすることができると信じています。

 

職員に十分な給与を支給し、土日祝日は休み、土曜日出勤の時は必ず振休で休んでもらい、残業は最低限にして、プライベートな時間を充実させてほしい。

 

【私の理想の保育園】

☆保育士の配置基準(私の理想の基準)

0歳児 : 子ども2名に対して保育士1名

1才児 : 子ども3名に対して保育士1名

2歳児 :子ども4名に対して保育士1名

3歳児 : 子ども6名に対して保育士1名

4歳児 : 子ども8名に対して保育士1名

5歳児 : 子ども10名に対して保育士1名

 

 

☆保育園の概要

0歳児6名 : 保育士3名

1才児12名 : 保育士4名

2歳児12名 : 保育士3名

3歳児12名 : 保育士2名

4歳児16名 : 保育士2名

5歳児16名 : 保育士2名

フリー(クラス担任を持たない)保育士3名

看護師1名

栄養士1名

調理師3名

事務員1名

パートさん 若干名

 

保育時間 : 8時〜19時

(子どもに負担がかからない保育時間の設定)

 

☆解説

保育園の概要(私の理想)を説明しますね。

 

・乳児は家庭でお母さんと一緒に過ごしているような安心感と安らぎがあったほうがいいのと、基本的生活習慣の形成・情緒や自己肯定感を育てるためには丁寧な関わりと受容が大切なので、十分すぎるくらいの保育士を配置したい。

 

・幼児は、子ども達それぞれの個人差や集団での活動に取り組める・取り組むのが難しい等の時に一人ひとりを大切にサポートしたいのと、子ども達がそれぞれに興味を持った遊びをじっくりと楽しむ環境・得意なことにじっくりと取り組む環境を作りたいので、1人担任より、よりきめ細やかな配慮ができる複数担任にしたい。

 

・フリー保育士と主任が保育補助に入り、クラス運営のサポートをする。そして、休みやすい体制を作る。

病気で休むのはもちろん、旅行や楽しみ・家庭の行事などに休みを使い、心の充実を図ってほしい。

 

・保育の質を良くするためのミーティングや勉強、研修(園内・園外)を充実させたい。

 

・園長、主任はリーダーシップ研修などで組織のあり方や職員・保護者との関わり方などを学び、保育についても常に学んでほしい。学んだことを実践して、働きやすい環境作りに務めてほしい。

 

・園の行事は多くなりすぎないようにする。

運動会や発表会を行う場合、劇団・サーカス団・プロスポーツ選手みたいなことを子どもには求めず、子どもの心に負担がかかるようなストイックな練習はさせず、子どもの年齢や成長にあったものにする。保護者の評価や見栄えのための行事ではない。子どもが取り組むことによって、できないことができるようになった・達成感を感じた・興味が持てた・楽しいという過程を大事に行ってほしい。

行事はとにかく楽しむことが一番!

※行事(活動)を嫌がる子どもがいたら、なぜ、嫌なのか・どうしたら興味を持ってくれるのか、保育士が考えて子どもにアプローチしてほしい。『できなくてもいい、興味を持ってやってみてほしい』精神で、無理強いはしないように。

 

・書類は簡素化。必要のない書類は廃止。

 

 

ここまで読んだ方は、ありえない💢と思うでしょう。実際、ありえないです。現実は厳しいものです。

でも、ありえないことですが、想像するのは自由!

こんな保育園があったらいいなぁ〜って想像してたら、ワクワク楽しい気持ちになりました!

 

保育士の体力、精神状態がギリギリにならないように、時間に追われ余裕が持てずキリキリしないように。

 

大切なことなのでもう一度書きます。

 

『自分が満たされていて幸せでいれば、まわりの人を幸せにすることができると信じています。』

 

全国で働く保育士さんが今日も幸せ(心が豊か)でありますように。保育士さんの幸せが子ども達に伝染しますように。

 

今日も祈っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さまへ・ママさまへ

子育て中のお母さま。

子育て中のママさま。

 

心も体も疲れてないですか?

孤独を感じてないですか?

子どもとの関わりで困ったことはありませんか?

泣きたい時はないですか?

 

どうか、誰かを頼ってくださいね。

子育てをひとりで抱え込まないでくださいね。

自分を責めたり追いつめたりしないでくださいね。

頑張りすぎないでくださいね。

育児をしている自分をいっぱい褒めて、自分にご褒美してあげてくださいね。

 

追伸 : お母さんを支援することも、保育士の役目だと思っています。

過去の自分

みなさんは過去の自分をどう思いますか?

 

私は過去の自分に感謝しています。

どうして『感謝』なのか。

それはね、

 

私は1回だけ休職したことがあります。

5ヶ月間、働かず無職でした。

 

保育士として働く中で、ギリギリの体力と不安定な精神状態になった時があり、心も体も壊れてしまいそうでした。

 

休みたい…。

転職活動をする気力もなく、とにかくただただ休みたいのでした。

 

保育士、辞めたい。。

 

退職願いを提出した時に園長先生に引き止めの言葉を掛けてもらいましたが、泣きながら辞めたいと訴え、3月末に退職しました。

 

4月から無職になりましたが、しばらくの間はやることがいっぱいの毎日。

ハローワークや役所に行き、年金・健康保険・失業保険などの手続きをしました。

収入がなくても税金などのお金は支払わなくてはなりません。税金以外でも生きていくための生活費などのお金はかかります。

生きているだけでお金がかかる。そんな単純で簡単で当たり前のことにこの時はじめて気付き、さて、どうしようとなりましたが…

 

『休職中だけど、支払えるお金がある。』

 

そうです。

私には支払えるお金があったのです。

20年近く働いて、心も体も壊れそうになりながらも、貯めていたお金。頑張った証。

 

過去の私が、今の私を助けてくれている。

今まで頑張ったね。。

こんなに頑張ってくれて、ありがとう。。

過去の私、ありがとう。。

 

思わず、自分にそう言葉を掛けていました。

 

それから5ヶ月が経ち。。

新卒から20年近く働き続けていた私は、休むことに飽きて就職活動をしはじめました。

どんな仕事に就こうか考えても考えても、保育士以外の仕事は考えられず、晴れて保育士として復職を果たしたのです。

 

就職活動の時は、私の今までの経歴が強みになったようです。面接の時から好印象を持って頂けました。ここでも過去の自分に助けられたと思っています。

 

家族や友達に支えられたことにも感謝です。そんな人間関係を築いていた自分にも感謝なのです。

 

過去の私が、今の私を助けてくれた。

今の私は、未来の私を助けたい!

未来の私が『私、ありがとう』って思えるようなことをしたい!

 

今は、そう思っています。

 

数年前、心も体も壊れそうになった私ですが、完全復活です!

 

紆余曲折、七転び八起き、有為転変…etc。

生きてるといろいろあるけど、日々しっかりと生きていれば、ちょっと休んだって、ちょっと失敗したって、大丈夫。

ゆっくり、でもしっかりと人生を歩んでいきたいものです。

 

未来の私へ、宣言します。

大成する!

豊かになる!

愛し愛される人になる!

大切な自分と、大切に思う人達に囲まれて笑顔で生きる!

 

未来の私、楽しみにしててね。

 

 

追伸:過去の自分に感謝することがない人は、今から何かをはじめて見たらどうでしょうか。

きっと今の自分に感謝する日が来ると思うのです。